医療従事者・ケア提供者の皆様へ

1.疫学(血友病HIV感染者の合併症)

 準備中


2.肝疾患(移植適応の評価)

背景

 HIVとHCVの重複感染症例では、HCV単独感染例よりも、肝硬変・肝不全への進行が早まることが知られている。また、血液凝固因子製剤による感染者は、幼少期からの感染であるため、比較的若年で肝硬変・肝不全に至ることが多い。HIVとHCV重複感染状態は、日本脳死肝移植適応評価委員会から医学的緊急度のランクアップを受けている1)。フォローしている患者の肝機能が低下した場合、肝不全の根治的な治療として、肝移植を積極的に考慮すべきである。ddlなどの古い抗HIV薬の内服により、肝硬変がなくても門脈圧が亢進していることもあり、門脈血栓や食道静脈瘤の発生に注意が必要である。

検査

 身体所見、凝固能、生化学検査から、Child-Pughスコアを算出する(表1)。AFP・PIVKA-Ⅱなどの腫瘍マーカーや腹部エコー・腹部造影CT などの画像検査にて肝腫瘍や門脈血栓の有無、上部消化管内視鏡検査にて食道静脈瘤の有無を判定する。

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表1 Child-Pugh分類

 凝固脳の問題や様々な要因で上部内視鏡検査ができない場合、APRI(aspartate transaminase (AST)-platelet ratio index)とFIB-4(Fibrosis-4)の値が食道静脈瘤の有無を予測できるという報告がある2)。APRIは、AST、血小板数の組み合わせで計算する(APRI =(AST[IU/L]/AST の正常上限値)/血小板[109/L]×100)。FIB-4は、年齢、AST、ALT、血小板の組み合わせで計算される(FIB-4 index =(年齢×AST[IU/L])/(血小板[109/L]×ALT[IU/L])。

対応

 Child B以上(7 点以上)であれば、肝移植の可能性を考慮して専門医に紹介する。Child Aであっても、門脈血栓や食道静脈瘤のある場合には肝移植を考慮して専門医に紹介する。その目安としてはAPRI 0.85以上、FIB-4 1.85以上で肝臓専門医へ紹介、精査を行う事を厚労省木村班(平成26年度)で紹介されている3)。また日本肝臓学会のホームページにはFIB-4 index計算サイトへのリンクも掲載されているため使用頂きたい。

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図1 肝機能評価フローチャート

肝移植適応

 肝移植には、脳死・生体肝移植の2つ選択肢が存在する。
 生体肝移植の場合、生体ドナーが必要である。血液型が一致または適合した20-65 歳の健康な家族が三親等以内にいれば、生体肝移植のドナーになれる可能性がある。しかし、血友病の患者は、家族に保因者がいるため注意が必要である。
 脳死肝移植の場合、厚生労働科学研究班(兼松班、江口班)による研究により当該患者のランクアップを達成し、2019年から登録ポイントのMELD(Model for End-Stage Liver Disease)化に対応した点数システムを確立した1)。2023年臓器提供は150件であり、脳死下臓器提供が132件であった。脳死下臓器提供の増加に伴い、2024年1月より登録基準が一部変更となった。しかしHIV/HCV重複感染患者のランクアップに関しては変更なかった。具体的な登録基準は以下のとおりである。Child-Pughスコア 7点以上で申請可能である。Child-Pughスコア7-9点の患者はMELDスコア16点相当で登録され、登録後、6か月ごとに2点加算される。Child-Pughスコア10点以上の患者はMELDスコア27点で登録、その後、6か月ごとに2点加算となり、脳死肝移植を待機することとなっている。現在、脳死肝移植を受けた患者の平均MELDスコアは27点である。またHIV/HCV重複感染患者に限らず、全ての患者で移植の最終受諾は実際に提供オファーがあった時点であり、拒否することも可能である。脳死肝移植の待機期間中、状況が整っていない場合、オファーが来ないようにする制度(インアクティブ制度)も存在している。

参考文献

  • 1)Eguchi S, et al. Indications and waiting list priority for deceased donor liver transplantation in HIV/HCV co-infected hemophilic patients in Japan through contaminated blood product. Hepatol Res. 51(8): 909-914. 2021
  • 2)Natsuda K et al. Aspartate transaminase-platelet ratio and Fibrosis-4 indices as effective markers for monitoring esophageal varices in HIV/hepatitis C virus co-infected patients due to contaminated blood products for hemophilia. Hepatol Res. 47(12):1282-1288. 2017.
  • 3)平成26年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業『血液凝固因子製剤によるHIV感染被害者の長期療養体制の整備に関する患者参加型研究』(研究代表者木村哲)サブテーマ:多施設共同での血液製剤によるHIV/HCV重複感染患者の前向き肝機能調査(研究分担者江口晋)平成27年3月発行

執筆者:島根大学医学部消化器・総合外科 日髙 匡章

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3.肝疾患(肝がんスクリーニング)

背景

 肝硬変、肝発癌ならびに肝疾患関連死を抑止することを目標とする。
 血友病HIV感染者は、(1)HIVの罹患歴が40年以上であり(2)ARTによりウイルス抑制が可能となった時期までの免疫不全状態が15年前後あること、(3)96.9%がHCVに罹患し1)、かつ、多くの人でウイルス排除が可能になったのが約10年前であり、それまでの間に肝硬変へ進んでいる人が多いことなどから、肝がんのスクリーニングは極めて重要である2)
 実際、国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センターの報告では、1997年から2016年の20年間で、血友病HIV/HCV感染者の非エイズ腫瘍罹患者中、肝がんは57.1%(8人/14人)を占めた2)
 一方、C型肝炎ウイルス治療によりHCV排除(Sustained Virological Response, SVR)例が増えたが、ウイルス排除時に肝硬変まで進展している症例も多いことから、SVR後の肝がんに対するフォローアップを行う必要がある。現在のところ、HCV単独感染者に対しても、SVR 後における肝がんスクリーニングの効果的な方法とその有用性を前向きに直接検討した報告はない3)。しかし、HCV単独感染者でも、SVR 後の 5年・10年の発癌率は、それぞれ 2.3~8.8%、3.1~11.1%と報告されている4)。ヨーロッパの報告で、IFNを使用しない直接型抗ウイルス薬(direct acting antivirals, DAA)のSVR 後に平均55ヶ月の経過観察期間で、約10%の患者に肝がんの発生を認め(DAA治療開始から中央値22.5ヶ月)、長期経過観察が必要とされた5)。最も明確な発癌リスク因子は肝臓の線維化6)であり、その他には、高齢、男性、飲酒、 肝臓の脂肪化、糖尿病などが報告されている3)。血友病HIV/HCV感染者の多くは肝臓の線維化が進行しており、高齢化に向かい、SVR後の発癌に十分注意する必要がある。 なお、C型肝炎の治療薬もさらに進歩しており、安全性がより高く、有効性のより高い薬剤が使用できるようになっている。ゲノタイプ3 -6型など、以前使用されていたDAAの有効性が乏しいゲノタイプに対しても、有効性が期待できるため、肝臓専門医7)へ相談し、SVRを目標とすべきである。 更に、血友病HIV感染者の一部は、B型肝炎にも罹患しており、HIVとの重複感染では、肝線維化の進行が加速することが知られており8)。HIV/HCV重複感染時と同様にスクリーニングが必要と思われる。また、脂肪肝の合併も発癌リスクになると報告されている。9)

検査

 AFP・PIVKA-IIなどの腫瘍マーカーや、腹部超音波検査・腹部造影CTなどの画像検査、肝線維化の有無・進展度を把握するFib-4 index10)を考慮する。なお、腹部造影CTはアレルギーや腎機能など、侵襲性が高いことに留意する。
 SVR後は、肝線維化進展例では、C型肝炎治療前スクリーニング(4-6ヶ月毎の血液腫瘍マーカー検査(AFP,PIVKA-II)+腹部超音波検査)と同様に行われることが多い。肝線維化非進展例では年1回毎の血液腫瘍マーカー検査+腹部超音波検査が行われることが多い11)
 SVR後も、生活管理が重要であり、体重コントロール、節酒などによる肝脂肪化の抑制などが肝疾患関連死を防ぐ上で重要である11)

対応

 肝がんは早期発見・早期治療ができる時代になっている。
 HCV-RNAの検出を認めない場合でも、(1)腹部エコーなどで肝硬変がある、(2)FiB-4 index>3.2512)、(3)AFP≧1013) のうち1つでも該当がある場合は、肝がん発生リスクが高いため、肝臓専門医へ相談し、検査内容と検査間隔を決める。

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図2 検査・対応のフローチャート

参考文献

  • 1)小池和彦 HIV感染症に合併する各種疾病に関する研究 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業 平成19年度総括・分担研究報告書
  • 2)血友病 HIV/HCV 感染者に対する癌スクリーニングの手引き 第一版2022年8月
  • 3)C型肝炎治療ガイドライン第8.2版2023年1月
  • 4)Hiramatsu N, et al. Suppression of hepatocellular carcinoma development in hepatitis C patients given interferon-based antiviral therapy. Hepatol Res. 45(2):152-61, 2015
  • 5)Guardigni V, et al. Patients with HIV and cirrhosis: the risk for hepatocellular carcinoma after direct-acting antivirals for hepatitis C virus. AIDS 35(12):1967-1972, 2021.
  • 6)Morgan RL, et al. Eradication of hepatitis C virus infection and the development of hepatocellular carcinoma: a meta-analysis of observational studies. Ann Intern Med. 158:329-37, 2013.
  • 7)https://www.jsh.or.jp/medical/specialists/specialists_list.html
  • 8)Puoti M. et al. Natural history of chronic hepatitis B in co-infected patients. J Hepatol. 44(1 Suppl): S65-70, 2006.
  • 9)Barré T. et al. Elevated Fatty Liver Index as a Risk Factor for All-Cause Mortality in Human Immunodeficiency Virus–Hepatitis C Virus–Coinfected Patients (ANRS CO13 HEPAVIH Cohort Study). Hepatology. 71(4):1182-1197, 2020.
  • 10)https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/medicalinfo/eapharma.html
  • 11)抗HIV治療ガイドライン2023年3月
  • 12)Tamaki N. et al. Change in Fibrosis 4 Index as Predictor of High Risk of Incident Hepatocellular Carcinoma After Eradication of Hepatitis C Virus. Clin Infect Dis. 73(9):e3349-e3354, 2021.
  • 13)Tanaka Y. et al. HCC risk post‐SVR with DAAs in East Asians: findings from the REAL‐C cohort. Hepatol Int.14(6):1023-1033, 2020

執筆者:東京大学医科学研究所感染症分野 古賀 道子

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4.心疾患

背景

 HIV 感染血友病患者はHIV 感染症と血友病の二つの病態が存在する。HIV 感染は慢性血管内炎症により心血管障害のリスクが増加することが知られている。また抗HIV薬の中には脂質代謝異常といった動脈硬化に関する副作用を有するものもある。
 血友病に関しては、内出血による血友病性関節障害を有する事が多く、運動負荷をかけにくく、虚血性心疾患のスクリーニングで通常行われる運動負荷検査(運動負荷心電図、運動負荷心筋シンチグラフィー)は施行が困難である。
 当院で行ったHIV 感染血友病患者における虚血性心疾患スクリーニング研究では、冠動脈CTで57名中14名(24.6%)に中等度以上の狭窄を認めた。そのうち冠動脈造影検査を施行できた12名中7名(12.2%)に治療が必要な高度狭窄を認めた1)。高頻度に冠動脈狭窄が発見された原因として、血友病とHIV感染が相乗的に動脈硬化を進展し、冠動脈疾患の有病率を引き上げている可能性が考えられる。

検査

 健康管理に対する本人の自覚を促すためにも、受診ごとに血圧測定を行う。可能であれば毎日でなくとも自宅血圧測定と記録を行う事が望ましい。
 血液検査では、HbA1c、Cre、UA、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪などをチェックし、年に1回は心電図検査を行う。
 心血管危険因子(注1)が多い場合は胸痛などの典型的な胸部症状がなくとも、動脈硬化チェックのため血圧脈波伝播速度検査(PWV/ABI)、心機能の評価に心エコー、虚血性心疾患のスクリーニングに冠動脈CT または薬剤負荷心筋シンチグラフィーを施行しておく。その後の心血管危険因子の推移を確認しながら、必要であればフォローアップ検査を施行する。

 

(注1)心血管危険因子:高齢(65 歳以上)、肥満、心血管病の家族歴、喫煙、高血圧、脂質異常症(高脂血症)、糖尿病、非心原性脳梗塞、冠動脈疾患、慢性腎臓病、透析、動脈硬化性末梢動脈疾患、動脈硬化性眼底異常など

対応

喫煙
 動脈硬化を防ぐためには、禁煙が極めて重要である。

高血圧症
 心電図、可能であれば、24時間血圧自由行動下血圧(ABPM)、血圧脈波伝播速度検査(PWV/ABI)、心エコーを行い、重症度、合併症を評価し、生活習慣の改善や降圧薬の投与を行う。降圧薬の中には抗HIV 薬との薬物相互作用を有するものがあるため注意が必要である。上記の検査で異常があれば、循環器内科医に相談する。

脂質異常症
 LDLコレステロールが高値の場合、管理栄養士による食事指導を行い、2、3ヶ月で改善がみられなければスタチンを中心とした薬物療法を導入する。抗HIV 薬との薬物相互作用を有する薬剤が多いので少量から開始して調整する。

糖尿病
 管理栄養士による食事指導と運動指導を行い、2、3ヶ月で改善がみられなければ薬物療法を導入する。単に血糖を下げるだけでなく、SGLT2阻害薬、GLP-1作動薬など心血管事故、腎機能低下に対して良いエビデンスがある薬剤の投与が推奨される。

虚血性心疾患
 冠動脈CT 検査で冠動脈狭窄が疑われた場合には循環器内科医に相談する。冠動脈造影検査で冠動脈治療が必要と判断された場合は、血友病担当医と循環器内科担当医で連携し、凝固活性を高く設定し周術期の出血予防を行い治療する。治療後には抗血小板薬2剤併用療法(DAPT, アスピリンとプラスグレルなど)が1ヶ月ほど必要で、その期間は出血防止のため凝固活性を高く設定し厳密なフォローアップが必要となる。

不整脈
 動悸などの症状を訴える場合は、心電図と24時間ホルター心電図を行い、循環器内科にコンサルトする。特に心房細動、発作性上室性頻拍など、カテーテルアブレーションで治療可能な不整脈は早めに紹介する。

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図3 血友病性関節症を有する患者における虚血性心疾患検査

参考文献

  • 1)Nagai R, Kubota S, Ogata M, et al. Unexpected high prevalence of severe coronary artery stenosis in Japanese hemophiliacs living with HIV-1. Glob Health Med. 2020;2(6):367-373

執筆者:国立国際医療研究センター病院循環器内科 廣井 透雄、長井 蘭

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5.腎疾患

 抗HIV薬による多剤併用療法(Antiretroviral therapy; ART)によってHIV患者の長期予後が改善したことにより、いわゆる生活習慣病の増加が指摘されている。HIV感染者の慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)の有病率は、重症度(CGA)分類で検討した場合20.4%と報告されている1)。また腎機能が正常な患者でも、尿細管障害マーカーが陽性の方が多くいることが分かっている。従ってHIV合併CKD患者は今後も増加することが予測されており、実際に透析患者も増加している2)

 

  • 1

    腎障害の評価法について

 HIV診療で出会う腎障害は、尿細管障害を主体とすることも多い。そのため、いわゆる機能マーカー(sCreが代表)上昇という形での糸球体障害を反映しないことがあることに注意が必要である。急性尿細管壊死や間質性腎炎ではsCre上昇が見られることが多いものの、sCreが上昇しない尿細管障害も起こり得る3)。このようなphaseをsubclinicalな腎障害リスク群と定義することも可能であり、L-FABPなどの尿細管障害バイオマーカーが利用できる(図4)。sCreが正常でも障害マーカーの上昇があれば、腎障害進展のリスクが高い群として経過観察が必要と考えられる。機能マーカーの一つであるシスタチンCは血中濃度が年齢、性別、体格の影響を受けにくい利点がある。その一方で、甲状腺疾患やステロイド治療の影響を受ける可能性があるため、解釈に注意が必要である4)

 

  • 2

    HIV関連腎症(HIV associated nephropathy; HIVAN)

 HIVANは服薬コンプライアンスの不良な患者で発症する。また白人に少なく、黒人に多いことから遺伝性素因が影響することが示唆されている。ARTが普及する前のHIVANの臨床像は、ネフローゼレベルの蛋白尿がみられる一方で、浮腫は軽度であることが特徴的とされてきた。腹部超音波では腎臓の腫大が見られる。腎病理所見としては、collapsing variant型の巣状糸球体硬化症の所見(狭義のHIVAN)を認める。糸球体上皮細胞(podocyte)の腫大と過形成によって、糸球体の係蹄は虚脱する5)。HIVANの腎予後は不良であったが、ARTによって腎障害の進行が抑制され、HIVAN の頻度も減少傾向が見られている6,7)

 

  • 3

    HIV関連免疫複合腎症(HIV immune complex kidney disease; HIVICD)

 近年、HIVと共感染する梅毒、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスなどとの合併に合併して発症するHIVICDが注目されている。腎障害の程度は軽度の血尿のみの場合からネフローゼ症候群まで多岐に渡るものの、腎および生命予後はHIVANよりは良好とされている8)。HIVANとの鑑別のためには腎生検が有用であり、膜性腎症や膜性増殖性糸球体腎炎、半月体形成性腎炎など多種多様な病理像を呈する。

 

  • 4

    薬物療法に伴う腎障害

(1)ARTによる腎障害
 ARTによる治療は非常に有用である7)一方、一部の薬剤で腎障害が知られている9)。テノホビルジソプロキシルフマル塩酸(TDF)による腎障害の発症率は0.5%-1.0%と低いものの、リトナビル(rtv)との併用で近位尿細管が障害の主座となることが多い10)。一部で、Fanconi症候群を伴うこともある。通常、TDF開始5-12ヶ月で発症し、中止後は1-2ヶ月で回復することが多い11)がCKDへ進展、さらには透析導入が必要となる症例も存在する。テノホビルアラフェナミド(TAF)は、腎毒性軽減のために開発されたプロドラッグで、テノホビルの血中濃度はこれまでの1/10に抑えることが可能となった。一方、併用薬にもよるとされているものの、TAF使用患者に体重増加が見られることがあり、注意が必要である12)。インジナビル(IDV:現在発売中止)は服用者の大多数に尿路結石や尿路閉塞による急性腎障害(AKI)を引き起こすことが知られている。尿路結石予防のため、IDV治療を行う際には1日1.5 -2 Lの飲水が推奨されている。アタザナビル(ATV)+rtv使用下における腎結石のリスクはダルナビル(DRV)+rtvに比べて20倍高まることも報告されている13)。ATVの使用がCKDの進行に関連を示す報告もある14)。ことから、ATV使用により腎結石の症状が認められた場合には他剤への変更を検討する。

(2)NSAIDsによる腎障害
 NSAIDsによるAKIの多くは腎血流低下による腎前性AKIであり、投与中止2-7日で腎機能が回復するとされているが、NSAIDsはアレルギー性の間質性腎炎や糸球体腎炎、尿細管壊死などの腎性AKIの原因薬物にもなりうる。COXは常時発現している構成型酵素COX-1と、炎症刺激に反応して生成される誘導型酵素COX-2に分類される。COX-2選択的阻害薬は胃腸障害や易出血性が少ないが、COX-2は例外的に腎臓と脳では構成型酵素であるため、COX-2選択的阻害薬でも腎障害が非選択的NSAIDsと同様に起こり得る。そのため「薬剤性腎障害診療ガイドライン2016」15)。でも「COX-2選択阻害薬とCOX-2非選択薬は同等に急性腎障害を発症させるため、COX-2選択性に限らずNSAIDs使用の際には虚血性腎障害の発症に注意」とされている。

 

  • 5

    腎臓専門医への紹介時期について

 腎臓専門医へ紹介する意義としては、CKDの合併症対策、腎障害の進展速度抑制、あるいは腎代替療法の選択に要する時間の確保、そして安全な腎代替療法への移行があげられる。遅くともCKD stage G4 (eGFR 30以下)になった時点では腎臓専門医への紹介が望ましい。その他、0.5 g/gCre以上の蛋白尿や、CKD経過中に急峻にsCreが上昇するような場合でも、腎臓専門医の評価が有用な場合がある。

 

 本稿では、HIVAN、HIVICD、および薬剤性の腎障害(ART、NSAIDs)について概説した。HIV合併CKD患者の増加が今後も見込まれることから、日常診療においても尿細管障害の評価が重要となってくることが示唆される。

 

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表2 ARTによる主な腎障害 9)
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図4 機能障害と組織障害からみた腎障害

参考文献

  • 1)柳澤如樹. わが国のHIV感染者における慢性腎臓病の有病率と予後に関する研究. 日本エイズ学会誌. 2019:21:70-8.
  • 2)日ノ下文彦, 秋葉隆. HIV感染患者における透析医療の推進に関する第2次調査. 透析会誌. 2019;52(1):23-31.
  • 3)谷澤雅彦. 抗ウイルス薬による尿細管機能障害. 日内会誌. 2018;107(5):878-87.
  • 4)片桐大輔. シスタチンC(血液・尿)について教えてください. 急性腎不全・AKI診療QandA. 2012:59-61.
  • 5)Fogo AB, Lusco MA, Najafian B, Alpers CE. AJKD Atlas of Renal Pathology: HIV-Associated Nephropathy (HIVAN). American journal of kidney diseases : the official journal of the National Kidney Foundation. 2016;68(2):e13-e4.
  • 6)Winston JA, Bruggeman LA, Ross MD, Jacobson J, Ross L, D'Agati VD, et al. Nephropathy and establishment of a renal reservoir of HIV type 1 during primary infection. N Engl J Med. 2001;344(26):1979-84.
  • 7)Lescure FX, Flateau C, Pacanowski J, Brocheriou I, Rondeau E, Girard PM, et al. HIV-associated kidney glomerular diseases: changes with time and HAART. Nephrology, dialysis, transplantation : official publication of the European Dialysis and Transplant Association - European Renal Association. 2012;27(6):2349-55.
  • 8)Nobakht E, Cohen SD, Rosenberg AZ, Kimmel PL. HIV-associated immune complex kidney disease. Nature reviews Nephrology. 2016;12(5):291-300.
  • 9)大橋温. HIV関連腎症. 別冊日本臨床 腎臓症候群(第3版). 2022:5.
  • 10)Mizushima D, Nguyen DTH, Nguyen DT, Matsumoto S, Tanuma J, Gatanaga H, et al. Tenofovir disoproxil fumarate co-administered with lopinavir/ritonavir is strongly associated with tubular damage and chronic kidney disease. Journal of infection and chemotherapy : official journal of the Japan Society of Chemotherapy. 2018;24(7):549-54.
  • 11)Berns JS, Kasbekar N. Highly active antiretroviral therapy and the kidney: an update on antiretroviral medications for nephrologists. Clinical journal of the American Society of Nephrology : CJASN. 2006;1(1):117-29.
  • 12)Kanda N, Okamoto K, Okumura H, Mieno M, Sakashita K, Sasahara T, et al. Outcomes associated with treatment change from tenofovir disoproxil fumarate to tenofovir alafenamide in HIV-1-infected patients: a real-world study in Japan. HIV medicine. 2021;22(6):457-66.
  • 13)Nishijima T, Hamada Y, Watanabe K, Komatsu H, Kinai E, Tsukada K, et al. Ritonavir-boosted darunavir is rarely associated with nephrolithiasis compared with ritonavir-boosted atazanavir in HIV-infected patients. PloS one. 2013;8(10):e77268.
  • 14)Young J, Schäfer J, Fux CA, Furrer H, Bernasconi E, Vernazza P, et al. Renal function in patients with HIV starting therapy with tenofovir and either efavirenz, lopinavir or atazanavir. AIDS (London, England). 2012;26(5):567-75.
  • 15)薬剤性腎障害診療ガイドライン作成委員会. 薬剤性腎障害診療ガイドライン2016. 日腎会誌. 2016;58:477-555.

執筆者:国立国際医療研究センター病院腎臓内科 片桐 大輔

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6.代謝異常症(糖尿病)

背景

 血友病の凝固因子製剤や抗HIV薬の著しい発展により長期予後が見込まれるようになったため、動脈硬化性疾患の管理や予防が重要となった。糖尿病はHIV感染者の重大な併存疾患であり、すでに高まっている心血管疾患を始めとする動脈硬化性疾患のリスクに拍車をかける。2型糖尿病に関連する病態としてNASH/NAFLDは、リポトキシシティ、インスリン抵抗性ならびに慢性炎症といった共通の病態を有しており、双方の疾患の進展・増悪にも深く関わっていることが知られている1)。また2型糖尿病の骨折リスクは、不十分な血糖管理群では十分な血糖管理の糖尿病群や非糖尿病群と比較し骨折リスクが高い2)。高齢化を迎える血友病やHIV陽性者では骨粗鬆症からの骨折リスクは今後の課題となり、十分な血糖管理が大切であると考えられる。
 血友病患者の糖尿病に関するデータは非常に少ないが、一般人口と比し有病率が高いデータがある3)。血友病患者において体重/BMIが高いことは、糖尿病の発症だけでなく、動脈硬化性疾患や血友病性関節症のさらなる損傷の危険因子となる3,4)
 一般的に日本人は欧米人と比しBMIが低い段階でも糖尿病の有病率が高く体重増加には留意したい5)

検査

 少なくとも一般人口と同様の糖尿病に関するスクリーニング検査は必要であり、糖尿病の診断は、糖尿病の臨床診断のフローチャート(図5)を参考にされたい。

初回検査で下記のいずれかを認めた場合は糖尿病型と判断する。
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図5 糖尿病の臨床診断のフローチャート

HbA1c測定値に影響する因子
 HbA1cは赤血球の正常なturn overおよび寿命に依存し、貧血の回復期や溶血性貧血、肝硬変などの赤血球寿命が短縮している病態、大量の失血や輸血、エリスロポエチンで治療した腎性貧血では通常のHbA1cより低値になる。逆に鉄欠乏性貧血、ビタミンB12欠乏性貧血、高齢者で赤血球寿命が延長した際には通常のHbA1cより高値傾向になる。HIV陽性者でABC(アバカビル)の投与を受けている人ではHbA1c値は過小評価される可能性がある6)

 

対応

 糖尿病を合併した血友病4)、HIV陽性者は糖尿病をコントロールするために一般の集団と同様の管理をするべきである。
 血友病やHIV陽性者の糖尿病合併症である細小血管症(網膜症・腎症・神経障害)および動脈硬化性疾患(虚血性心疾患・脳血管障害・末梢動脈疾患)の発症・進展を阻止し、糖尿病のない方と変わらない寿命と日常生活の質を実現することが目標となる。
 糖尿病管理の基本は食事療法と運動療法である。緊急性のない場合は十分な食事・運動療法を行い血糖改善効果が不十分な場合に薬物療法の適応となる。

食事療法
 管理栄養士がいる施設においてはその支援が有用である。BMIが25kg/m2では5%以上の減量が勧められる。

運動療法
 血友病性関節症合併をしている場合は必要に応じて症例毎に検討し、凝固因子製剤の定期補充療法のタイミングを確認する。

薬物療法
 血友病患者においてインスリンによる治療適応の場合、皮下注射は因子補充を必要としないので出血せずに行うことができる4)

 2型糖尿病の治療戦略として、BMI25以上と25未満に肥満と非肥満にわけて薬剤選択をすることを推奨する(図6 2型糖尿病治療のアルゴリズム参照)7)。CKD、心血管疾患ではSGLT2阻害薬、GLP1受容体作動薬の使用を考慮すると良い7)。心不全の際にはSGLT2阻害薬の使用を検討されたい7)。またSGLT2阻害薬の尿路感染・性器感染については適宜問診・検査を行って早期発見に努め、性器感染症を繰り返す場合は留意する。

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図6 2型糖尿病の薬物アルゴリズム

 単独で重症低血糖の原因になりうるのは特にSU薬とインスリンである。急激な炭水化物制限を行う場合は、血糖降下薬における低血糖のリスクがある事やその対処法を予め説明しておく。

Sick day対応
 Sick dayとは糖尿病治療中に発熱・嘔吐などで食欲が低下し食事摂取量が減量したりする場合を指す。血糖降下作用のある薬剤を使用中にはsick dayの際には連絡するように普段から指示をしておくか、減量や中止する血糖降下薬を説明しておくとスムーズである。特にメトホルミンにSGLT2阻害薬を併用する場合は、脱水と乳酸アシドーシスに対する十分な注意を払う必要がある。8)

 医療者は抗HIV薬の服薬アドヒアランスが100%になるように指導を行っているが、血糖降下薬に関してはsick dayは(特にメトホルミンなど)対応が異なる事に留意する。

 

代謝異常症(脂質異常症)

背景

 脂質異常症は、虚血性心疾患のリスクファクターである。HIV陽性者の心筋梗塞の相対リスク上昇は非HIV感染の方と比較し20%から100%に及ぶとされる9)。 また最近のメタアナリシスではHIV陽性者は心血管疾患を発症する可能性が2倍のデータもある10)。血友病/HIVにおける脂質異常症の管理は重要な位置を占め、lifestyle intervention が肝要である。日本のNDBデータでは、HIV陽性者の脂質異常症は50歳代では約半数に上る11)。脂質異常症の背景に甲状腺疾患の影響がある場合がある。甲状腺機能異常は、抗HIV薬開始後の免疫再構築症候群としての自己免疫性疾患である可能性がある12)

検査

 日本では動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2022年度版(下記)より、脂質異常症の診断基準は以下の通りとなる。

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表3 脂質異常症の診断基準
  • *基本的に10時間以上の絶食を空腹時とする。水やお茶などカロリーのない水分補給は可能である。空腹時であることが確認できない場合を随時とする。
  • **スクリーニングで境界域高LDL-C治療、境界域non-HDL-C血症を示した場合は高リスク病態がないか検討し、治療の必要性を考慮する。
  • ・LDL-CはFriedewald式(TC-HDL-C-TG/5)で計算する(ただし空腹時採血の場合のみ)。または、直接法で求める。。
  • ・TGが400mg/dL以上や随時採血時は、non-HDL-C(=TC-HDL-C)かLDL-C直接法を使用する。ただしスクリーニングでnon-HDL-Cを用いる時は高TG血症を伴わない場合はLDL-Cとの差異が+30mg/dLより小さくなる可能性を念頭においてリスクを評価する。
  • ・TGの基準値は空腹時と随時採血で異なる。
  • ・HDL-Cは単独では薬物介入の対象とならない13)

対応

 HIV陽性者のみならず血友病患者において脂質異常症の管理は一般集団と同じであるべきであるとされている4)。脂質異常症にはART自体が関連する薬剤もあり、ARTの選択や相互作用の選択に慎重になることが求められる。脂質代謝に関連するARTのレジメンとしては、全てのPI、特にPIにブーストとして使用されるrtv時(DRVrやATV自体のincidence低い)、NNRTIのEFV(EFVよりもNVP、RPV、ETRのincidenceは低い)、インテグラーゼ阻害薬のEVGcが挙げられる。(同じクラスの薬剤でも影響に差がある)NRTIの中ではABCやTAFに比べてTDFは脂質代謝に影響が少ない14)
 スタチンはCYPにより代謝される薬剤が多いため、ARTとの相互作用に注意を払いつつ使用する。 rtvならびにcobiはCYP3A4を介する薬剤の為、シンバスタチンは併用すべきではない。ピタバスタチン、プラバスタチンはCYPによる代謝の関与が比較的少ない。フィブラート系薬剤はCYP4Aによって代謝されるのでARTとの併用に問題にはならない。 小腸トランスポーター阻害薬であるエゼチニブは、使用しやすい薬剤に挙げられる14)

参考文献

  • 1)Williams KH,et.al. Diabetes and nonalcoholic Fatty liver disease: a pathogenic duo. Endocrine reviews 2013; 34(1):84-129.
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  • 9)So-Armah K, et al. HIV and cardiovascular disease. The lancet HIV 2020; 7(4):e279-e293.
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  • 12)Hoffmann CJ, et.al. Thyroid function abnormalities in HIV-infected patients. Clinical infectious diseases : an official publication of the Infectious Diseases Society of America 2007; 45(4):488-494..
  • 13)Miida T, et al. A multicenter study on the precision and accuracy of homogeneous assays for LDL-cholesterol: comparison with a beta-quantification method using fresh serum obtained from non-diseased and diseased subjects. Atherosclerosis 2012; 225(1):208-215.
  • 14)Services DoHaH. Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in Adults and Adolescents with HIV. Updated Mar. 23, 2023.
    https://www.eacsociety.org/media/guidelines-11.1_final_09-10.pdf(2.65MB)

執筆者:東京医科大学臨床検査医学分野 関谷 綾子

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7.血友病(内科管理)

背景

 血友病には第VIII因子活性が低下する血友病A、第IX因子活性が低下する血友病Bがあり、いずれも全身の出血症状を呈する。中でも関節内出血は患部の腫脹・熱感、疼痛、可動域制限などを伴い、出血を繰り返すことで滑膜増殖を呈し、適切な止血治療を実施しなければ、軟骨や骨の破壊を来して関節拘縮を来す。尚、出血頻度の高い関節は、足関節、膝関節、肘関節などの大関節である1)。筋肉内出血は筋肉に打撲や捻る外力が加わった際に起こり、重篤な場合には血管、神経を圧迫してコンパートメント症候群を発症する可能性がある2)。粗大な筋肉内出血に不十分な止血管理を行うと、出血部位が被包化して感染源となりうる上、周囲組織を侵食していく血友病性偽腫瘍を呈する場合がある3)。また、重篤な出血症状として頭蓋内出血があり、新生児期では一般人口の40-80倍、青壮年期では10-20倍の発症リスクとされ、生活習慣病やHIV感染症に加え、適切な定期補充療法を行っていないことが発症のリスク因子とされている4)
 凝固因子活性が1%未満の重症例や出血傾向の強い血友病患者には定期補充療法で出血を予防することが広く推奨されており、血友病の生命予後は著しい改善を遂げてきた5)。適切な治療下でスポーツを行うことも推奨され6)、健常人と変わらないQOLが目指せる時代になってきてはいるが、定期補充療法を行っていても関節症を発症する場合があることも報告されており7,8)、定期的な関節の評価は欠かせない。

 また、重要な合併症にインヒビターがあり、治療で補充した第VIII因子あるいは第IX因子が異物と認識されることにより発生する。その発生頻度は重症型血友病Aの30%程度、重症型血友病Bの5%程度と言われており、小児期に発症することが多い9)。非重症型血友病において、血友病Bではインヒビターはほぼ発生しないとされるが9)、血友病Aでは5-10%程度発生し、その発症リスクは生涯に渡ると考えられている10)。出血時の治療に加えて免疫寛容療法という治療を選択することもあるが、コストや血栓リスクの問題があり、いずれの治療を開始する場合にも診療経験の豊富な施設に相談することが望ましい11)

検査

凝固一段法と合成基質
 血液製剤とAPTT試薬の組み合わせによって、凝固一段法で第VIII因子及び第IX因子活性が正しく測定できない場合があり、自施設における試薬や機器を把握しておくことが望ましい6)。血液製剤によっては合成基質法(保険収載あり)による第VIII因子及び第IX因子活性測定が推奨される場合もあり7)、外注検査で対応可能であるため、適宜使用を考慮する。

薬物動態試験
 国際血栓止血学会のガイドラインでは、合計10-11回の採血を行い、生体内回収率及び半減期を算出することが求められている12)が、実臨床では患者の都合も合わせて実施する。カナダのMcMaster大学が運営するWAPPS-Hemo (https://www.wapps-hemo.org/で入手可能)というツールを用いれば、投与前、投与後数分、投与後数時間の最低3回の採血データがあれば回収率及び半減期を予測してくれるツールなどもあり13)、適宜使用を考慮する。

インヒビター検査の頻度14,15)

重症血友病Aの場合のインヒビター測定
 1.血液製剤曝露日数~20日:3回の投与毎あるいは3ヵ月に1回
 2.血液製剤曝露日数20~150日:3~6ヵ月に1回
 3.血液製剤曝露日数150日~:1~2年に1回

非重症型血友病Aの場合のインヒビター測定
 初回に血液製剤を投与した後、集中的な投与(目安は5回)後、或いは手術後に測定

血友病Bの場合のインヒビター測定(重症の場合に測定を推奨)
 1.血液製剤曝露日数~20日:3回の投与毎あるいは3ヵ月に1回
 2.血液製剤曝露日数20~150日:3~6ヵ月に1回
 3.血液製剤曝露日数150日~:臨床症状悪化や第IX因子活性の異常低値があれば測定

Emicizumabの抗薬物抗体(ADA)評価
 Emicizumabの投与を開始するとAPTTが著明に短縮するが、一度短縮したAPTTが再度延長する場合にはADAの出現が疑われ、出血症状を伴う可能性がある16)。ADAの出現を疑う場合には製造元の株式会社中外製薬に精査を依頼することが望ましい。

関節の画像評価及び機能評価
 血友病性関節症は血友病患者のQOLに最も影響を与える合併症の一つである。適切な内科治療を行っている場合でも、関節レントゲン検査、関節エコー検査、関節MRIなどの画像検査やHemophilia Joint Health Scoreなどの関節機能評価などを定期的に行うことが望まれる6)。詳細は8章 血友病(関節症)を参照されたい。

対応

定期補充療法の設定目安
 トラフ値は目安として3%以上が望ましい17)とする意見があるが、活性値はより高い方が望ましいとする意見18)もある。運動負荷に関しては、米国血友病財団が各スポーツのリスク分類を示したものが存在する(図7)19)。これらをもとに、Category 1程度の運動は凝固因子活性が1-5%程度、Category 2程度の運動は凝固因子活性が10-50%程度、Category 3程度の運動は凝固因子活性が50-70%程度ある状態で実施する目安が存在する(図7)20,21)ため、薬物動態試験の結果を参考に、それぞれの症例に応じてレジメを設定し、輸注記録表も確認しながら適宜見直す。

出血時の対応
 日本血栓止血学会から発出されているガイドライン(表4)を参照しながら適宜止血管理を行う22)。近年では血友病A、Bともに、従来の半減期標準型製剤に加え、半減期延長型製剤が上市され、広く使用されているが、効果には個人差が存在するため、治療薬の切り替え時には極力薬物動態試験を行い、それを目安に止血管理を行う。
 また、Emicizumabという皮下注射の治療薬が上市され、血友病A患者に使用されている。同治療薬はインヒビターにも使用可能な薬剤であり、その力価は第VIII因子活性に換算すると、約15-20%程度に相当するとされる23)。出血時には、インヒビターがない場合には、表1のガイドラインを参照した止血管理が行えるが、高力価のインヒビターがある場合にはバイパス製剤を用いた止血管理が必要となり、特に活性化型第VII因子製剤を最小用量(90 μg/kg)から使/l用することが勧められている24)
 Emicizumabが使用されていないインヒビター症例においては、血栓止血学会のガイドラインに従い、遺伝子組み換え活性化型第VII因子製剤、血漿由来活性型トロンビン複合体製剤、血漿由来第X因子加活性化第VII因子製剤のいずれかを選択し、止血管理を行う11)

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図7 主なスポーツとリスク分類及び凝固因子活性の目安17,18,19,20,21)
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表4 日本血栓止血学会インヒビターのない血友病に対する止血治療ガイドライン 2013年改訂版より一部抜粋22)

参考文献

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  • 11)酒井 道, 瀧 正, 家子 正, 井田 孔, 大平 勝, 勝沼 俊, et al. 日本血栓止血学会 インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン 2013年改訂版. 日本血栓止血学会誌. 2013;24:640-58.
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  • 18)Mancuso ME, Holstein K, O'Donnell JS, Lobet S, Klamroth R. Synovitis and joint health in patients with haemophilia: Statements from a European e-Delphi consensus study. Haemophilia. 2023;29:619-28.
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  • 20)Broderick CR, Herbert RD, Latimer J, Barnes C, Curtin JA, Mathieu E, et al. Association between physical activity and risk of bleeding in children with hemophilia. Jama. 2012;308:1452-9.
  • 21)Lim MY. How do we optimally utilize factor concentrates in persons with hemophilia? Hematology Am Soc Hematol Educ Program. 2021;2021:206-14.
  • 22)藤井 輝, 天野 景, 渥美 達, 石黒 精, 大平 勝, 岡本 好, et al. 日本血栓止血学会 インヒビターのない血友病患者に対する止血治療ガイドライン 2013年改訂版. 日本血栓止血学会誌. 2013;24:619-39.
  • 23)Le Quellec S, Negrier C. Emicizumab should be prescribed independent of immune tolerance induction. Blood Adv. 2018;2:2783-6.
  • 24)徳川 多, 石黒 精, 大平 勝, 岡本 好, 酒井 道, 鈴木 隆, et al. 日本血栓止血学会 血友病患者に対する止血治療ガイドライン 2019年補遺版 ヘムライブラ(エミシズマブ)使用について. 日本血栓止血学会誌. 2020;31:93-104.

執筆者:東京医科大学臨床検査医学分野 近澤 悠志

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8.血友病(関節症)

背景

 血友病患者では関節や筋肉に出血を繰り返すことが多く、関節に深刻な慢性障害が発生しやすい。出血を起こしやすい関節は肘、膝、足首、股関節であり、当院通院中の成人血友病患者のそれぞれ約50%、30%、80%、7%が中等度以上の慢性関節症を有している。いったん関節に出血すると、同じ関節に出血しやすくなり、骨や軟骨の傷害が進行する。
 また、疼痛や止血治療のために安静・不使用を繰り返す結果、支持筋肉の廃用性萎縮や関節拘縮が起こる。こうして関節症が進行した結果、歩行・起居・日常動作すべてに支障が出て、自立した生活が困難になり、慢性的な疼痛に悩まされる患者が少なくない。血友病性関節症は、血友病患者から自立した生活を奪う最大の脅威といってよい。

検査

 診察では、両肘、両膝、両足関節、両股関節、両肩関節の可動域を年に1 回チェックする。これらの関節のX 線写真を数年に1 回撮影し、場合によっては両肩関節を追加する。特定の関節に出血が多い場合は、当該関節の両側を年1 回撮影する。 下肢関節(膝、足首、股関節)に出血を繰り返している場合は、大腿周囲径や歩行のバランスを確認する。慢性滑膜炎の評価にはMRI 撮影が有用である。

対応

 関節出血を繰り返している場合、血液製剤の定期輸注ができているか、出血時の製剤補充は十分か、仕事や生活のなかで特定の関節に負担のかかる作業がないかチェックする。
 定期輸注は血友病A なら週2-3 回、血友病B なら週1-2 回が通常だが、出血回数に応じて適宜増減する。仕事などでリスク作業を減らすことが困難な場合は、医療用サポーターを処方して関節の負担を軽減する。筋力萎縮・筋力低下が認められる場合は、筋力トレーニングを指導し、歩行バランスが崩れている場合は歩行トレーニングや靴の調整を行う。

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図8 血友病性関節症の検査と対応

執筆者:東京医科大学臨床検査医学分野 近澤 悠志

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9.歩行とADL

背景

 血液凝固因子製剤によるHIV 感染被害者の多くは、若いころには製剤が普及しておらず、関節内出血の反復などから、いくつかの関節が拘縮したり、可動域が狭くなっていたりすることがある。
 また、スポーツなどを奨励する時代より前の世代なので、筋力も発達していないことが多い。若いころは、それでもなんとか歩行や日常生活を送っていても、加齢とともに、無理が生じたり、加齢に伴う筋力低下により歩行障害が顕在化したりする。
 また、仕事での負担、育児での負担、同居の親の高齢化で、家事や介護を余儀なくされたり、など、生活も変化して負荷がかかることもある

検査

 上半身では、肘の関節障害が多いので、肘が痛いことはないか? 肘が曲がらなくて困ることはないかを確認する(携帯電話の同側耳での使用・洗顔など)。体幹では、腰痛の出現はないかを確認する。下半身では、生活や仕事、外出で、膝や足関節が痛いことはないか、訊く。また、数メートル歩行してもらい、下肢の機能的脚長差により一歩ごとに傾いて歩いていないかどうか、観察する。また、靴下を履く・足の爪を切る動作ができているかどうかを訊く。
 以上の数点を確認すると、その他のトラブルについても、本人から申告があることがある。これらの障害は、「以前から」という返事の場合もあるし、「最近悪化している」との返事の場合もある。後者の場合には、「ちゃんと予防的に製剤を使っているか」をまず訊く。往々にして使用量が少ない。

対応

 製剤の予防的使用が少ない場合には、説得して使用を促す。
 製剤の使用があっても、上記のようなトラブルがある場合、著明な関節破壊があれば手術の適応となる。それ以外の場合には、(1)装具や靴の補高の適応の判断、(2)身体の動かし方の指導・自助具の紹介、(3)筋トレやストレッチ指導 を、リハビリテーション科(理学療法士)に依頼する。リハビリテーション科のスタッフが、血友病について経験がなくて困るようであれば、本研究班の作成した、PT・OT のためのハンドブックを参照されたい。

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図9 リハビリに依頼する代表的な症状と対応

執筆者:国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科 藤谷 順子

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10.メンタルヘルス

背景

 血液凝固因子製剤によるHIV 感染被害者においては、療養生活が長期に及ぶこともあり、うつや不安など精神的な問題を抱えることが少なくない。そのなかで最も多くみられるのはうつ状態である。うつ状態を呈する代表的疾患としてうつ病があるが、その背景に認知機能障害やアルコール問題が隠れていることもある。ここではこれらについて取り上げる。

 

  • 1

    うつ状態(うつ病)

 HIV 感染被害者においては、身体的問題や薬物療法の負担、社会的スティグマなど日常生活においてさまざまなストレス因を抱えており、うつ状態になりやすい。
 うつ状態を把握した場合には、その背景に身体疾患(甲状腺機能異常、パーキンソン病など)や薬剤性(ステロイド製剤、インターフェロン、降圧薬<β遮断薬、カルシウム拮抗薬、レセルピン>など)の可能性、双極性障害や統合失調症など他の精神疾患についても検討する。さらに希死念慮にも留意する必要がある。

検査
 うつ病の診断は臨床症状に基づいて行われる。精神科臨床においては操作的診断基準であるDSM-5に準じた診断が普及しているが、うつ状態・うつ病のスクリーニングとしてSDS、CES-D、PHQ-9、QIDS-Jなどを用いることがある。うつ病や不安障害のスクリーニングとしてK6も簡便である。
 しかし日常診療においては以下に示すうつ病スクリーニング(2質問法)がより簡便で実用的である。ここで確認しているのはうつ病の中核症状である抑うつ気分、興味や喜びの喪失である。どちらかひとつでも当てはまれば陽性とし、うつ状態・うつ病の可能性を考える。

2質問法
1.この一ヶ月間、気分が沈んだり、ゆううつな気持ちになったりすることがよくありましたか?(抑うつ気分)
2.この一ヶ月間、どうも物事に興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じがよくありましたか?(喜びと興味の消失)
*少なくとも1つ当てはまれば、うつ病の可能性がある

 次に確認したいのは睡眠障害と食欲不振の有無である。これらがあると抗うつ薬による治療を要するレベルであることが多い。そしてもうひとつ重要なポイントは希死念慮の有無である。率直に死にたい気持ちについて聞くことが大事である。希死念慮が存在する場合には迷わず精神科へ紹介するのがよい。

対応
 うつ病治療の原則は、休養と環境調整を行ったうえでの精神療法と薬物療法である。詳しくは日本うつ病学会発表の治療ガイドラインを参考にされたい。軽症うつ病においては必ずしも抗うつ薬は推奨されていない。中等症以上では抗うつ薬での治療が推奨されるが、切迫した希死念慮がある場合には自殺リスクを高めることもあるので注意が必要である。うつ病が疑われる場合には精神科に相談する方が安全である。
  また、うつ病以外に双極性障害、統合失調症でもうつ状態を呈することがあることを知っておきたい。
  双極性障害のうつ病相に対する治療薬は抗うつ薬ではなく、気分安定薬や非定型抗精神病薬が中心となる。うつ状態と評価した際は、過去の気分高揚時期の有無など躁的な要素についても確認しておきたい。疑われれば精神科への紹介が望ましい。
  統合失調症にも留意したい。幻覚・妄想だけではなく、漠然とした不安、倦怠感や集中力低下などのうつ状態をきたすことがある。とくに統合失調症の好発年齢にあたる10~20代では鑑別に入れ、音や光に対する過敏さや人の視線が気になるなどがあれば精神科につなぎたい。

 

  • 2

    認知機能障害(認知症)

 認知症とは、一旦獲得された知能が不可逆的に失われ、日常生活に支障をきたす状態である。症状としては、記憶障害、失語、失行、失認、実行機能障害などの認知機能障害が中心となる。またBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)といわれる行動症状(暴言、暴力、徘徊など)や心理症状(不安・焦燥、妄想、幻覚など)を認めることもある。

検査
 検査としては身体因を鑑別するために頭部画像、甲状腺機能、ビタミンB群、梅毒反応は確認しておきたい。また、HIVに関しては、治療の進歩等により脳症は減少した一方で、軽度の認知機能障害を呈する患者がいることがわかり、HIV関連神経認知障害(HAND:HIV-associated neurocognitive disorder)と称されている。
  認知機能のスクリーニングとしては改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini-Mental State Examination(MMSE)が普及しているが、より簡便なスクリーニングとしては以下を用いる。

認知機能のスクリーニング
1.大切な約束を忘れてしまうことがよくありますか?
2.計画や問題を解決するのが遅くなったと感じますか?
3.本を読んだり映画を観たりするときに、集中するのが難しいと感じることがありますか?
*少なくとも1つ当てはまれば、認知機能の障害が示唆される

(3question:EACS Guidelines11.1)

対応
 認知機能障害の基盤に身体因がある場合にはその治療を行う。認知症と診断された場合には環境整備が優先され、社会資源を適切に利用しながら介護体制を整える。アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症においては進行を抑制する効果があるとされる認知症治療薬、BPSDではやむなく少量の抗精神病薬を慎重に投与することもある。

 

  • 3

    アルコール依存症

 飲酒問題は見逃されやすい。本人は自覚していないことが多く、入院した際の離脱症状で気づかれることもある。
  不安から不眠につながり、睡眠薬代わりに飲酒しているうちに依存状態に至ることもある。アルコール依存は精神依存(渇望欲求を抑制できない状態)から始まり身体依存に及ぶ。身体依存とは量を増やさないと酔えなくなり、断酒すると離脱症状をきたす状況である。

検査
 アルコール問題を疑った際に簡便なスクリーニングとしてCAGEがある。その他にも新久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(新KAST)などが使われる。一般採血ではγGTPやMCVが高値であればアルコール多飲を疑う。

CAGE質問票
C:飲酒の量を控えた方が良いと感じたことはありますか?(Cut down)
A:人から飲酒について非難され、いらいらしたことはありますか?(Annoyed)
G:飲酒に対して不快感や罪悪感を感じたことがありますか?(Guilty)
E:落ち着くためや二日酔いを免れるために、朝まっさきに飲酒したことがありますか?(Eye-opener)
*少なくとも1つ当てはまれば、アルコールの問題を抱えている可能性がある
*2つ以上あてはまれば、アルコール依存の疑いが高い

(Ewing JA:Detecting alcoholism. The CAGE Questionnaire. JAMA 1984;252:1905-1907.)

対応
 アルコール依存症の治療は、断酒が原則である。つまり一滴も飲まないということである。しかし先に述べたように急な断酒による離脱症状は危険を伴うため、アルコール問題が判明した場合には専門医療機関に依頼するのが安全である。治療としては酒害教育に加え、集団精神療法、自助グループ(断酒会やAA:Alcoholics Anonymous)参加、補助的な薬物療法などがある。近年では依存症に至らない段階では、断酒が最も望ましいと伝えつつも節酒を求める方法も普及してきている。

聡太

執筆者:国立国際医療研究センター病院精神科 加藤 温
国立国際医療研究センター病院エイズ治療・研究開発センター 木村 聡太

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11.認知機能障害

 HIV感染症はもはや死の病ではなくなり、感染者の高齢化が急速に進んでいる。これに伴い、エイズ指標疾患以外の心血管障害や腎障害、骨密度低下など様々な合併症が問題になっている。かつて極めて予後不良であったHIV脳症は治療の進歩により激減したが、最近では治療が比較的順調でウイルスが抑えられているにも関わらず、軽度の認知障害を呈する患者の存在が明らかとなった。こうした軽度の認知障害も含めた包括的な疾患概念としてHIV関連神経認知障害(HIV-associated neurocognitive disorder; HAND)が提唱され、全米のCHARTER studyでは、約47%の患者で認知機能低下が認められると報告された1)。しかしHIV感染者では、中枢神経系日和見感染や薬物使用、うつ病など、認知機能低下の交絡因子が多いうえ、どの神経心理検査を行うかによって成績も変わるため、有病率やリスク因子の同定は困難である。日本人におけるHAND疫学研究(J-HAND研究)、およびHIV合併血友病患者における調査研究(H-HAND研究)が行われたので紹介する。

 人間の認知行動は複数の認知機能が複雑に絡み合って決定される。神経心理検査とは、個々の認知機能を細分化し、個別に評価する検査セットである。J-HAND研究およびH-HAND研究では8領域を網羅する14心理検査(表5)を行い、Frascati criteriaに従ってHANDの重症度分類を行った。年齢や学歴、HIV感染診断時期、CD4数、ウイルス量、抗HIV療法(ART)の内容や施行期間、血圧、糖尿病の有無、高脂血症の有無などを聴取した。J-HAND研究では全国17施設で728例について、H-HAND研究では国立国際医療研究センターにおける54例について解析された。

 J-HAND研究では参加17施設にて728例の調査が行われた2)。患者背景は、平均年齢45.6歳、教育歴が高卒以下53.3%、MSM 83.4%。非就労者は18.4%に及び、独居も46.6%であった。HANDは全体の184例(25.3%)に認められ、うち軽症が98例(13.5%) 、中等症が77例(10.6%)、重症が9例(1.2%)であった(図10)。領域別の神経心理検査で低下を認めたのは、言語6.2%、注意5.6%、実行機能22.5%、視空間構成22.4%、学習13.3%、記憶11.0%、情報処理11.0%、運動技能6.1%であった(図11)。中等度以上認知障害に対する多変量解析では、50歳以上、不完全ウイルス抑制歴、および何らかの精神疾患を有することがリスク因子、改善因子は、ARTおよび就労であった。年齢毎の分布を詳しくみると、20~40代まではほぼ同等だが、50代、60代になると急に増える傾向がみられた。また、HIV診断後年数と中等度以上認知障害の有病率をみると、HIV診断後2年未満で11.2%、2-5年では6.3%に減少するが(p=0.125)、6-10年後では再び12.8%に上昇(p=0.002)、11年以上では17.3%(p=0.001)であった。さらに、各神経領域と年齢・診断後年数との関係を見ると、視覚系機能は年齢と診断後年数に比例して増悪する傾向がある一方、言語系機能は若年あるいは診断後早期に悪い傾向がみられた(図12)3)。これらの結果から、若年者ではART開始後に言語機能が速やかに改善し、加齢でも機能が保たれることが示唆された。一方、視覚系機能や実行機能は、治療にも関わらず加齢や経過とともに徐々に増悪することが示された(図12)。高齢者はHIV感染初期の認知機能障害が強いうえ、治療開始後であっても視覚機能と実行機能が必要とされる作業(車の運転や、たくさんの薬剤の飲み分けなど)は徐々に困難になってくる可能性がある。

 H-HAND研究では、国立国際医療研究センターのHIV合併血友病患者56人について調査が行われた4)。平均年齢47歳、就労が38%、平均ART期間が260か月、89%がウイルス検出感度以下であった。糖尿病(HbA1c > 7.0 g/dLもしくは治療中)は16%、高血圧は43%に見られた(表5)。J-HAND研究と同じ神経心理検査を行ったところ、HANDは48%と高率にみられ、うち中等症は13%、重症は1.8%であった。中等症以上と軽症・正常の患者を比較したところ、喫煙(88% 対48%)、血友病性関節症(88%対48%)、脳血管性障害の既往(63% 対19%)で有意な差が認められ(表6)、脳血管障害の約半数が血栓性障害であった。これは、近年に凝固因子製剤の定期補充療法が普及するなど、因子活性が底上げされた一方、血友病性関節症などで長期間運動が不足するなか糖尿病・高脂血症・高血圧などの動脈硬化リスクが増えたために、以前は見られなかった血栓性障害が増加しているものと思われる。事実、国立国際医療研究センターの研究では、HIV合併血友病患者57人に冠動脈CTを行ったところ、14人(24.6%)に有意な冠動脈狭窄が見つかり、ほとんどが胸痛などの症状を訴えていなかった5)。個々の神経領域では、実行機能(複数の動作を統合する働き)の低下が50%以上で見られ、作動記憶と運動技能も性感染HIV感染者より有意に低下していた(図13)4)。一方、視覚機能や言語機能はほぼ性感染者と同等の成績であった。血友病性関節症による運動障害や未就労などから日常生活の幅が狭くなってくる中で、身近な言語能力や単純な学習や記憶は保たれるが、より高度で複雑な動作を行うことが困難になっている。これに脳血管障害の合併が加わり、さらに高度・複雑な動作が難しくなっている可能性が示唆された。

 HIV合併血友病患者はHIV感染や四肢の障害などにより未就労の方も多く、潜在的に認知機能が低下傾向にある。定期補充療法の普及により頭蓋内出血のリスクは低下したが、一方で成人病合併も多く、血栓性脳血管障害のリスクが顕在化しつつある。健康的・活動的な社会生活と運動習慣を促していくことが重要と思われる。

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表5 J-HAND,H-HAND研究で用いられた神経心理テスト
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図10 神経心理テスト結果(Frascati criteria)
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図11 HIV感染者の機能別神経心理テスト結果
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図12 HIV感染者の言語系・視覚系機能と年齢の関係
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表6 血友病の認知機能障害のリスク因子
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図13 H-HAND研究:血友病と非血友病HIV感染者の機能別成績

参考文献

  • 1)Heaton RK, Heaton DB, Clifford DR, Franklin SP, Woods C, Ake F, Vaida RJ, Ellis SL, Letendre TD, Marcotte JH, Atkinson M, Rivera-Mindt OR, Vigil MJ, Taylor AC, Collier CM, Marra BB, Gelman JC, McArthur SS, Morgello DM, Simpson JA, McCutchan I, Abramson A, Gamst C, Fennema-Notestine TL, Jernigan J, Wong I, For the CHARTER Group. HIV-associated neurocognitive disorders persist in the era of potent antiretroviral therapy. Neurology 2010, 75: 2087-2096
  • 2)Kinai E, Komatsu K, Sakamoto M, Taniguchi T, Nakao A, Igari H, Takada K, Watanabe A, Takahashi-Nakazato A, Takano M, Kikuchi Y, Oka S, for HIV-associated neurocognitive disorders in Japanese (J-HAND study group*). Association of age and time of disease with HIV-associated neurocognitive disorders: A Japanese nationwide multicenter study. J Neurovirol 2017; 23: 864-874
  • 3)Komatsu K, Kinai E, Sakamoto M, Taniguchi T, Nakao A, Sakata T, Iizuka A, Koyama T, Ogata T, Inui A, Oka S; HIV-Associated Neurocognitive Disorders in Japanese (J-HAND) Study Group (The J-HAND Study Group). Various associations of aging and long-term HIV infection with different neurocognitive functions: detailed analysis of a Japanese nationwide multicenter study. J Neurovirol. 2019; 25:208-20
  • 4)Imai K, Kimura S, Kiryu Y, Watanabe A, Kinai E, Oka S, Kikuchi Y, Kimura S, Ogata M, Takano M, Minamimoto R, Hotta M, Yokoyama K, Noguchi T, Komatsu K. Neurocognitive dysfunction and brain FDG-PET/CT findings in HIV-infected hemophilia patients and HIV-infected non-hemophilia patients. PLoS One. 2020 Mar 19;15(3):e0230292.
  • 5)Nagai R, Kubota S, Ogata M, Yamamoto M, Tanuma J, Gatanaga H, Hara H, Oka S, Hiroi Y. Unexpected high prevalence of severe coronary artery stenosis in Japanese hemophiliacs living with HIV-1. Glob Health Med. 2020 Dec 31;2(6):367-373.

執筆者:東京医科大学臨床検査医学分野 木内 英

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12.抗HIV療法 免疫不全

背景

 血液凝固因子製剤によるHIV 感染被害者の多くは、多剤併用療法(ART)が始まる以前の不完全な治療(核酸系逆転写酵素阻害薬の単剤あるいは2 剤併用療法)や、継続困難な初期のART を長期にわたって経験している。
  その際にHIV 量の抑制が不完全であったため、多数の薬剤耐性変異が生じてしまっていることが多い。治療薬の変更・再導入にあたっては、特別な注意が必要である。

検査

 抗HIV 療法施行中であれば、その効果が継続していることを確認するため、少なくとも3-6 ヶ月毎にCD4 数とHIV 量を測定すべきである。
  HIV 量が検出限界以下にコントロールされていない場合は、服薬のアドヒアランスを確認し、HIV の薬剤耐性検査を考慮する。

対応

 治療薬の変更は、過去の服薬歴・過去および現在の薬剤耐性検査の結果を考慮し、慎重に行う。通常のガイドラインなどで推奨されている組み合わせでは、HIV 量の抑制が困難な場合が多い。
  不完全な治療の継続は、更なる薬剤耐性変異の出現を招くため、より一層治療が困難となる。血液凝固因子製剤によるHIV感染被害者では、核酸系逆転写酵素阻害薬に対する耐性変異が多数蓄積していることが多く、このような症例に対しては、登場してまもなく耐性変異がまだ蓄積していないインテグラーゼ阻害薬やジェネティックバリアの高いプロテアーゼ阻害薬をキードラッグとして用いたり、キードラッグを複数用いたりするなどの工夫が必要となる。
  特に、HIV 量の抑制効果が良好な状態にある治療を、有害事象の回避や予防のためにジェネティックバリアの低い治療薬に変更する場合には、治療そのものの失敗につながらないように注意を要する。

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図14 AZT+ddCの治療歴のある患者での治療薬変更に伴う治療失敗
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図15 抗HIV療法の変更

執筆者:国立国際医療研究センター病院エイズ治療研究開発センター 上村 悠

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別添.診療チェックシート(PDF)

 準備中

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  • 2024年3月 診療チェックシート改訂版を公開しました

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